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〜 DL13/伝記/13章/kha 239a4-246a2 〜


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239b.4-242a.3

『一百五十讃』*1 に「[仏陀は]およそ罪といわれるすべてのものは/始めから全くもっておらず/その人にあらゆる種類の/すべての功徳が備わっている/もし心ある者は/そのお方に帰依し/そのお方を讃えて供養し/その方の教えを奉じるのが道理である」*2 とおおせられているように,私たち仏教を信仰する者らにとってなくてはならない実践の第一の方法は,偽りのない価値判断の基準のご主人[=仏陀]に帰依し,その功徳の集合を念じて,清浄なる信仰とその[=仏陀]あとを慕って正しく学ぶことである。

また,すべての欠点を捨て,すべての功徳を完備したのが三宝であり,その中でも最高にしてこの上なく,無上であり主となるものは正しい法のみである*3ので,道の法を実践する者らを僧といい,究極の果実である法を完備した者を仏陀と設定するのであるが,正法に拠らずにそれら[=仏宝と僧宝]が生じる機縁はない。般若経*4が三世の諸仏*5一切の母と説かれているのも,まさにそういう理由のためである。

衆生世間すべての利楽の根本が仏陀の貴重なる教え[=法宝]に依存し,それ[=仏陀の教え。文字化されていないもの]が長くとどまる説法を悟るための経[=文字化されたもの]が世間に長くとどまらねばならないのは確かである。過去の先達たちと祖孫菩薩三法王が仏陀のお言葉をすべて訳した経,金泥や銀などの宝石,朱泥の線で引いた無量の[価値を持つ]ものがある。しかし,無尽の説法である大神通力 [を持つ]版木*6は,ダライラマ7世の御世に,力のある転輪聖王ミワン・ソナムトプギェー*7自身が,仏教を敬い誠心誠意の情熱でもって無限の資材を投じ,シェーカル・ミンギュードジェ・ゾンのそばで業の輪である善い行いの相続を比類なく回し,完全に成就したすべての本を,全知の大学匠ペンチェン・ロサンイェシェーペーサンポ*8を喜ばせるための供物として捧げたもの*9が,ナルタンの大ツクラカンにおわすそれであり,そしてデゲのチューギェー・テンパツェリンがカンギュルの系統にある信の置けるものを多数比較し,新たに建立したデゲ・ツェーパル(朱泥印刷)として知られるもの*10[がある。この]2つ以外,仏教の中心であるこのくににかつて他にはなく,ナルタンのその版も後にひどく消耗したため,印刷に堪えがたい。デゲのカンギュルは当地方における流通が非常にわずかである。

そのためダライラマ法王は,「[カンギュルは]衆生世間のただ1つのともしび/利楽の正しい根本と支分[であり]/仏陀大師ご自身が,この清涼の地に実際にお出でになったのに等しい[ご利益がある]/仏陀の主なる事業[=衆生救済]もまた,お言葉の事業に拠っている/つまり輪廻と解脱[にある全衆生]の善すべての錯乱のない源は,世間に滅することなく住する,仏陀のお言葉を訳した尊いもの[=カンギュル]に依拠しているので,これをチベットの中心にこそお言葉の印刷物として完成させ,世間をあまねく正法の正しい光により満たそう」という,殊勝なるお考えを生じておられた[。その]上に,信仰と布施の習慣が生じ,仏陀の教えを敬おうと望む者であるディグンゴチョー活仏ゲートゥンテンズィンチューキオンボ*11が,版木の資材として銀1075タムドを献じ一心にお願いしたところ,[それ]も[法王を]励ます原因,そして善行の偉大な友となり,[法王は]不退転の断固たる誓いをたてた。

[法王は]大臣らをはじめ,政府の事業を指揮する者たちにも明確な許可を大規模に与え[た。そのため]必要なものは何であれ政府がお出しになり,また信仰心ある多数の僧俗上下*12から金銭・物資による印刷への寄進が多く集まり,[それらを]捨て置いたり無駄にしたりすることなく,正しくその目的のために使われ[た。そして]第15ラプチュンの庚申[1920]年4月吉日,[法王は]版木への書写と彫りの職人100名ほどと監督者,校正者にふさわしい者を任命なさり,それとともにノーブリンカのケサンポタンのそばでナルタン版カンギュルに依拠した版を作ることをはじめとして,版木すべてを新たに作るという,この諸々の工程を開始なさった。

その上で神通力を備えた版木をお納めする建物を,それ以前には別に設けていなかったので,さてどこがふさわしいかとお考えになりお調べになったところ,まずポタラ宮の後門の裏がふさわしいとお考えになり,何度か実地に検分なさった[。その]後,そこは日当たりが悪く,土地が高いのであまり適さないとおわかりになり,再び聖観音の無量宮[=ポタラ宮]の南側,シューのデーブデン に基礎を置こうと決心なさり,その場所を平らにならしていたとき,その基礎[のあたり]から無数の石の埋蔵物が出土したので,働く者たちがみなとても不思議がった。

それから続けて作業をしたので,ゴンジョー*13の様式を持ち,柱80本分以上の広さの建物[ができあがった。そこ]には多数の部屋と,その上階に長い柱8本と短い柱72本により[設けられた]印経院本体,長い柱4本分の広さを持つ弥勒堂[があり],その上階に15本の桟を備えた大きな窓を持つ拝謁所*14,クンニェー*15の居室が数部屋と侍従室など召使らのいる場所,お台所,柱1本梁8本[の広さ]に窓のある法王のお部屋など[があり],高さも設計も出色のもの[だった。建物は]ペンペー*16により美しく飾られ,ゴンジョーの[左右]両壁面には四天王とその眷属,長寿三尊*17,三部主尊*18など,弥勒堂の吹き抜け部分の壁には六飾二勝*19,ツォンカパ五変化,十六羅漢の本尊と眷属,兜率天浄土図などのお像を金で描いたものが多数[あり],経堂内の右繞路の四方の壁画には朱で【 】2102【 】,見聞覚知の意識にとって喜ばしいあらゆるものを与える仏教の絵により大変美しく,鍍金銅の宝瓶,宝幢,トゥー*20 など,建物を美しく飾る多くの意匠をあちこちに置くなど,すばらしく完成させて,「パルカン・カンチェンペンデーテンズーリン(有雪利楽宝物庫印経院)」という表札もお書きになった。

242a.3-242b.5

そのように,かつてなくすばらしい印経院と弥勒堂のツクラカンが完成した時,輪廻すべてを火坑のようにご覧になる出離という方弁と般若によりまとめられた戒定慧の三学*21と,無上である密教の甘露のごとき成熟救済の果に富み*22,貴重なる教えの担い手という重責を進んで引き受ける思し召しの持ち主,ガンデン寺座主テホル・チャンパチューター*23が,長いカターとメンデル,身口意の拠り所*24をはじめ,仏像建立の資材として1万両以上の銀をダライラマ法王の御前に並べ,「この資材により経堂の本尊として鍍金銅製の弥勒菩薩の【che tshad】の像1体と,右に無比なるアティーシャ,左に法王ツォンカパの像を新たに建立することを必ずやなしとげてください」とお願い[とともに]お勧めしたところ,法王はお喜びの頂点に達し,それをなしとげることをしっかりと承諾なさって,[カンギュル開版とは]別の特任の僧俗の管理者を徹底的に指導なさ[った。それ]と同時に,ノーブリンカに臨時の工場を直ちに設け,美しい姿でおわす弥勒の像[を建立した。それは]不足のない意匠で鍍金銅製,宝石の象嵌をたくさん着け,【pad sbrags】が2階ほどの高さで,驚くべき光背を備えたものであり,左右にはそれと同素材のディーパンカラ[・アティーシャ]とツォンカパの像で,玉座の【sbrags】が一尋半あるものを短期間で完成なさ[った。]像それぞれに4種の舎利と偉大な先人たち多数の遺骨や御髪,ツァツァ,お召し物など,世に得がたい特別な多数のスンシュー*25を,タントラ[の諸説]通りに,法王ご自身と施主であるガンデン寺座主のおふたりがお手ずから胎内にお納めになり,有情の福田を無比に創設なさった。

242b.6-243b.5

またその香華処*26の本尊として,以前より造立してあったレーセ*27製の法王のお召し物でできた三世諸仏の等身大よりやや大きめの像3体と,どこかほかのお堂から[移して]来られた,薬泥製*28の長寿三尊,師君三尊*29,祖孫三法王のそれぞれ高さ1腕尺のお像[があり,それら]には,それぞれ美しい絹のみで作られた新しい一そろいのお召し物[が着せられている。]前には階段状の供物台などが[並べられている。]政府と僧俗多数の人々が提供した大小多数の供物の器,柱にかける幡や香り袋などさまざまな供物,普陀洛浄土図などがたくみに描かれた多くのタンカなど,お堂の飾りが正しく集められているところに供養者と供養処が一座に会し,開眼の儀式を前行・本体・後行を三つながら完全にとり行われた。

弥勒菩薩像建立の当初,仏師たちが[お像の]顔かたちを何度も直し,再々ご覧に入れた[ところ,最終的に]ガンデン寺座主チャンパチューターのお顔に似たものが自然とできあがった。それを「これでよろしい」と満足げなご様子で,それそのままを承認なさった。お像の部品をノーブリンカから印経院に運ぶ際,従事する者の類いが足りないわけではない*30が,このたびは重要な慶事*31であるので,「セラ寺ロパ学寮の新[-]*32たちが来るように」と特別にお命じになった[。それで]その通りにセラ寺ロパ学寮の僧侶のうち,病人と高齢者,子供ら,肉体的に適さない者を除いただけで,[それ以外の]大部分の者が善なるえんじ色の法衣を着てノーブリンカのケサンポタン*33に行き,お像の各部分をデーブデンに運ぶことを自発的に引き受けたので,神と人の偉大な導き手[=ダライラマ法王]はことのほかお喜びになられ,最後には僧たちみなにお茶とトゥッパ*34[を供する]祝宴[を催し],謁見と手灌頂*35,お金,【sba dar】のすばらしいほうびをお与えになったそうである。

後日ある時,そのデブン寺座主がプルチョー活仏の名を持つ私をわざわざお呼びにな[ったので]お宅に伺ったところ,何かおっしゃらねばならない大事な用件があるのだろうと思ったが,そういうものは特になく,「私は次に転生した時にセラ寺チェー・ケーニェン学堂の組織に入って,聖なるチベットのすべての学問,特に深甚なる中観の道においてできる限り学習の習慣を蓄積することができたらという希望を常に持っているので,そのようになるよう祈願してくださいますようお願いします」とおっしゃった[。それで]小生は「そういう願望[が実現するかどうか]は法王のお考えによるものであろう。私[がそれを]お膳立てする力に,頼りにすべきものがどこにあろうか[=お膳立てについて頼りにされるような力は私にはない]。しかし今回はお気持ちにそっておくのが大事だ」と思い,「必ずそういたします」と引き受けた。こうしたことに関しての[座主の]行動には,現在と将来についての必要性と格別なお考えがあるものと思われる。

243b.5-244a.5

そのように仏陀のありがたいお言葉[を記した]経典を有雪国チベットの言葉に翻訳したすべての霊験ある版木を開版する工程に着手して以来,【mdo sdud pa】*36において「宝のように尊い教えも稀少で常に災いが多い」と[仏陀が]おっしゃっているように,善なるよいきざしが増すたびに心を乱す悪いきざしが増すのは自然のことなので,「どんな事業にどんな逆縁の災いが生じても,[厄介なことは]始めないのが一番。だが始めたら退いてはならない」とあるとおり,怠慢や歯が欠けたために版木を捨てたり[印刷を]中断しておくことなく,盲人がゆっくり歩くように長くずっと[開版事業を]大事にした。それで,「倦まず弛まず懸命であるならば,得られないこと,成せないことは何もない」というように,御子を伴った諸仏の偉大なる加持の力と,観音でありながらえんじ色の衣で現れる者[=ダライラマ]の発心の及ぶ範囲が広大であり,施しを惜しまない力,事業全過程の方便の巧みな行い,良い思し召しにより事業を鼓舞し,完全なる多数の支分が集まったことにより,15年ほどの間に全有情の一時的,および最終的利楽の正しい本支分である福分を無比にたやすく完成なさった。

244a.5-244b.2

そのように仏陀のお言葉を訳したカンギュルを障りなく完成させる厄払いの過程を非常に多く行い,版木などの費用や職人らへのお礼,[僧侶らへの]布施によってどのように[彼らを]満足させたか,その様子などすべては,ここで文字に記すのは大変だからやめておくことにする。事情の概略を知りたければダライラマ法王はじめ多くの先人のお言葉を集大成した『カルチャー・レクシェー・トゥーキデミー(変化の鍵である格言の索引)』というものが別にある[ので,それ]によって理解してほしい。

244b.2-244b.6
仏陀のお言葉を訳したカンギュルすべての版木をみごとに完成させたことをはじめ、「三世に蓄積された福聚すべてが、現世のささいで微力な自利の考えや行いに関わることなく、利楽の源である仏の尊い教え一般*37と、特に*38文殊法王[=ツォンカパ]のこのありがたい教えが広まり栄えて長く住する[ように」という]こと、「それ[=仏の教え]を護持する聖者らの[衆生救済という]お働きが終わってしまうことなく*39、[その方々の]おみ足の元に [咲く]蓮の花が堅固である[ように]という」こと、「施主をはじめすべての衆生の利楽や善の顕現が常に享受される[ように]という」こと、「特に三苦*40に責め苛まれる母なる衆生や、輪廻を水車のひしゃくのように[延々と]巡り自性の平安に乏しいこれらの者たちが、無上の三菩提の境地に列せられ、輪廻の大海がすぐに乾くように」という[ことを]、身口意の拠り所のみもとでも回向と発願を合わせ何度もなさったのは疑いない。

244b.6-
版木を新たに完成させたことにどのような功徳があるかと考えれば、[以下のようである。]【sdud pa】*41には「ある者がガンガーの川原の砂[と同じ数だけあるという]仏国土で あらん限りの衆生すべてを[阿羅漢の位*42にまで]教化したとしても この『般若経』を書写し 他の衆生にその経本を与えたとしたら福徳は[その方が]さらに大きい」とある。また「この経を[釈尊入滅の]後に 文字に書き、[大衆に]説き、聞かせるならば その人は[六道輪廻の中の]人間道を確かに離れて 如来の行いをする者となる」と[ある。] 『アジャータシャトル王 *43の後悔を晴らす経』*44には「善男子と善女子よ、大千世界を七宝で満たし、比丘の教団を伴う如来、阿羅漢、正等覚たちに対し、不断に他の行いをすることなく日に3度、夜に3度贈り物を捧げるよりも、「阿闍世王の章」「すべての疑念を断ち切るようにする[経典]」「すべての後悔を晴らす[経典]」「業障すべてを完全に除く[経典]」「一切  平等をお説きになるこらの法門」*45、これを受持するか、受け取るか、読むか、精通するか、説くか、聞くか、信服するようにするか、若い時から*46正法を長く住するようにするために経本に書いて説くかするならば、福徳は[日に3度、夜に3度の贈り物より]はなはだ多い」とあるなど、経を書いたことにもそのような功徳があるとおっしゃっている。だから法に対し無尽に布施をする間に成し遂げたことは、言うまでもなく[すばらしいことであるので、]顕密の経典において[釈尊]が広くおっしゃっていることを理解するようにせよ。智慧を備えたすべてのものや功徳を信奉する無上の考えがわくので、自身も経を完成させたよい智慧が生じ、人が成したことを喜ぶようになる必要性に好意が伴うのである。

(担当:浅井)


*1 brgya lnga bcu pa zhes bya ba'i bstod pa.著者Asvaghosa(馬鳴)。インドの仏教詩人。
*2 第1章第1頌から第2頌まで。
*3 カンギュル開版について述べようとしている部分なので,三宝のうち法宝が最上であると説明している。
*4 大乗の根本経典。三世の諸仏は般若波羅蜜を母とすると説かれる。大中小の3種類あり,それぞれ『十万頌般若経』『二万五千頌般若経』『八千頌般若経』と呼ばれる。
*5 燃灯仏,釈迦牟尼仏,弥勒仏。一般には過去仏を燃灯仏ではなく迦葉仏とした三尊を指す。
*6 テキストは判読しがたいが,’phrul chenと読んだ。
*7 テキストに綴りの間違いあり。stobs rgyas → stobs rgyal. ポラネー(1689-1747)。
*8 パンチェンラマ2世(1663-1737)。
*9 1732年完成。ツェルパ本と北京版を校合に用い,ニンマ派系のレルンパ・ロザン・ティンレが監修。
*10 1733年完成。ジャン版にもとづき,ギェルツェ・テンパンマ本とも校合し,スィトゥ・チューキ・ジュンネーのもとで開版。
*11 (1887-1940).ディグンのマイナーな活仏か?
*12 身分の上下ではなく,仏教修行の進んだ者とそうでない者を指すと考えられる。
*13 寺院建造物の入り口前の柱廊部分。
*14 zhal ras lha khang.
*15 仏像や仏塔の管理をする人。
*16 寺院などの建物壁面上部にある,赤く染めたギョリュウを束ねて積み上げた部分。
*17 無量寿仏,白色ターラー,仏頂尊勝母。
*18 仏部主の文殊,蓮華部主の金剛手,金剛部主の観音。それぞれ仏の智慧と慈悲と力の三要素の象徴とされる。
*19 インド仏教を代表する中観派のナーガールジュナ,アーリヤデーヴァ,唯識派のアサンガ,ヴァスバンドゥ,仏教論理学のディグナーガ,ダルマキールティの六大学匠に,律学のグナプラバとシャーキャプラバを加えた8人の学者。
*20 ヤク毛の織物で作られた幢。
*21 ここでは顕教的徳を称えている。
*22 ここでは密教的徳を称えている。
*23 (1876-1947). 第90代目。
*24 仏塔、経典、仏像の3つ。
*25 像内納入用の舎利や陀羅尼。『造像量度経解』によれば,仏像内に納入する舎利には法身舎利と生身舎利の2種類あるいは4種類あるとされる。このうちの法身舎利が『仏頂尊勝陀羅尼』など5種の陀羅尼であり,生身舎利には白色の骨舎利,黒色の髪舎利,赤色の肉舎利の3種があるとされる。田中公明先生の解釈によれば,法身舎利と生身舎利の3種を合わせて4種になる。
*26 dri gtsang khang. 仏菩薩にお香を供える所。
*27 小麦粉製の糊や漆をかけた布。
*28 薬草を泥に混ぜて像を作る手法? 吉祥の尊格である薬師仏や三世仏などの像によく使われる。
*29 シャーンタラクシタ,パドマサンバヴァ,ティソンデツェン。
*30 mir rigs la phyag thogs pa mi srid. 別の解釈として「運搬に適した者がいない」。
*31 rten ‘brel gyi gnad. 別の解釈として「特別の法縁」。
*32 最初の音節はgsarと読めそう。最後はrnams。
*33 最初,ダライラマ7世によって建てられた宮殿。
*34 うどん,あるいは粥状の食べ物。
*35 ダライラマ政権時代には,直接ダライラマから手灌頂を受けられるのは出家僧のみとされていた。
*36 『般若経』の内容を偈にまとめたもの。引用か所は第11章の第9偈。
*37 チベット仏教四大宗派すべてを指す。
*38 前の「一般」に対し、この「特に」はゲルク派を指す。
*39 そのお働きが完遂すると仏菩薩たちは涅槃に入る。
*40 ここでは貪瞋痴を指すと考えられる。
*41 前出のmdo sdud paと同じ。
*42 上座部仏教では最高位とされる。
*43 阿闍世王。マガダ国の王で、ビンビサーラ(頻婆娑羅)王の子。釈尊入滅後、ラージャグリハ(王舎城)に舎利塔を建てて供養した。
*44 漢訳は『文殊支利普超三昧経』ほか数訳がある。
*45 これらはすべて『アジャータシャトル王の後悔を晴らす経』の言い換え。
*46 chung ngu na.

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