[starLab] [starLab] [aa]
 

〜 GC/gserthang08/01 〜

Top > GC > gserthang08 > 01

『世界知識行 黄金の平原』 第八章 01  

  • 著作集pp.247-249
  • 担当:星

さて,以下のことを考えてみよう。

大昔はどの国にも文字はなかったに違いなく,また現在であっても,インド東部のロの人々*1や,アフリカのzhig ro*2など,森の中に暮らし,何も新たに学ぶことをしない者たちは文字を持たない。

その点では,一部の大民族に文明が生じる端緒が開かれると,いにしえの人々が最初は絵を描くということをして,徐々に文字も成立したことが分かる。それもまた,こうした文字の字形にも,自然にできあがったものと,学識のある者たちによって特別に作られたものの二通りがあるが,前者は,母音記号と子音字などの少数の表音文字*3の組み合わせによるものではなく,柱と壷などのような概念と記号表現である音[の組み合わせ]一つ一つに対し,一つの文字が作られた。

そうした文字はまた世界の多くの国々において広がりはじめたことが見て取れるが,次第に衰退していった。それらの中から長きにわたって存在したものは,西方はエジプトのものと,東は中国の文字である。

そういうわけで,中国の文字は未だに,いにしえの自然に生まれた文字の系譜につらなるものであるため,母音記号と子音字などの少数の表音文字の組み合わせによるものではない。

エジプトなどの文字はまた,徐々に形が変わり,カローシュティー文字[となり,]それもまた形が変化し,ロシアの文字が生まれた*4。現在の和字*5などの文字はこれにあたるが,後代には表音文字として[再]構成されたので,現在はもとの文字に一つ,二つと連ねて[書かれ],我々と同じように読むのである。

インドの西側の大概の国では,多少の違いがある以外は,文字はまさにこのような形をしている。ウッディヤーナでもかつてはカローシュティーの文字が書かれていたため,『訳経官および学者の伝記』*6)の末尾には,「ウッディヤーナの文字は魚の背のごとし」などと書かれており,カローシュティー文字とはこのようなもの【illust.】であって,魚のすがた*7のごとく見えるという[表現]と符合する。それに関連して*8,昔の人々が使者を派遣するなどするときに,必需品である刀,毛織物,壷そっくりの図を実際に書いて,派遣していたのであるが,次第に下手な人々によって書かれるようになった。【illust.】速く書けば,上記の刀や毛織物,壷の三者は【illust.】このようになり,文字の形になるのである。

中国人の古代の文字も[物の]形をそのままかたどった図案のごときものである。同様に,エジプトなどの数千年前の棺などの上に【illust.】このような形*9のものが並べて描かれており,一つ一つ彩色なども施されており,それらもまた文字であり,読むことができ,また意味もある。

メモ  

  • ヒエログリフ(紀元前4世紀頃まで)
  • フェニキア(紀元前1000年-),アラム(紀元前600年頃から600年頃),カローシュティー
  • フェニキア,ギリシャ(紀元前9世紀-),キリル(940年頃-)

Wikipediaの記述  

コメント  


*1 インド東北部のアルナチャルプラデシュ州に暮らすチベット系の民族のこと。Toni Huber著 The Cult of Pure Crystal Mountain p.134を参照。
*2 不明,要調査。
*3 phyi moを表音文字と意訳した。
*4 このあたりの認識はおそらく正しくないが,典拠は何だろう。
*5 he tsi:カナを中国語で表したものと解釈する。
*6 lo paN thang yig。bka' thang sde lngaのうちの一つで,埋蔵師のo rgyan gling pa (14世紀の人) がサムイェ寺から発掘したパドマサンバヴァの著作とされるもの。デルゲ版の木版から活字にした bka' thang sde lnga (民族出版社,1988のp.422に該当箇所あり。
*7 nya rgyus rgal tshigs,文字通りには魚の筋肉と背骨。
*8 de la,要確認。前の部分とどうつながるのか?
*9 gzugs rigはgzugs risか?

リロード   新規 編集 凍結 差分 添付 複製 改名   トップ 一覧 検索 最終更新 バックアップ   ヘルプ   最終更新のRSS
Copyright © 2004 Hoshi Izumi. All rights reserved.