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『世界知識行 黄金の平原』 第八章 02  

  • 著作集pp.249-252
  • 担当:浅井

これら[=ヒエログリフ]を見ると,私たちの社会[で使われるor使われた]印や,また多くの護符には,つみ重ねられた[状態の]様々な形があるが,これらも古代の文字か真言の形などではないかと思う。たとえば,そこに書かれた星は,太陽がこのような形【illust.】で,月はこれ【illust.】,火星はこれ【illust.】などが書かれているように,である。

そのように古代には,文字で記す対象を大まかに書くのみで,属格や具格などはなかったか,あるいは読む人がその時に応じて加えなければならなかったことは確かである[。そして]次第に,賢い人がすべての格をふさわしい文字形に書き記す[ようになった。それ]は中国の文字に見られるとおりである。

言語の音声に必要な字母を特にまとめて文字にするのは,知力のある学識者がなさったことであり,64*1数えられるそれらの諸文字である。それらすべては,最初の字母あるいは大もとの大部分が,釈尊の御世に生まれた中央インドの文字であるとみられ,最近はこれがブラーフミー文字(bram seまたはtshangs paの文字)と呼ばれている。

そこから次第にギリシャ文字*2が生じ,それからラテン文字などが発展し[てできた]ドイツやロシアなど,西洋のすべての文字の字母も,このブラーフミー文字であり,形もたいへん似ているように見える。

しかし,母音記号と子音字を組み合わせるやり方がインドのものほど完璧なのは,他にどこにも見当たらない。我がチベットとタイ,ミャンマー,スリランカなど[の文字]もこれから作られたものであるから,この世界の中国と和字以外のすべてのあらゆる文字の源が1つであるとわかる。

南方では,プラーナ*3の書き文字が丸くなって,シンハラやダルマ(?)などは輪のような文字が書かれる。 これまでの間,私たちみなが想像していたところでは,仏陀が生きておられた時からトゥミ[サンボータ]がチベット文字を新たにお作りになった時までずっと,中央インドの文字はランツァやワトゥラ*4の形であったと考えられてきた。しかし,初期と後代の文字の姿はとても違っており,釈尊とグプタ王朝時代に生まれた文字は,このような具合である。

釈尊などの時代に生まれたマガダ国の文字

【illust.】

1つの[チベット]文字に2〜3文字が対応させてあるのは,石柱ごとに書き方がいくらか異なっていることを示すものである。

コメント  

  • 最後の文,「一つの文字に二〜三文字が対応させてあるのは,石柱ごとに書き方がいくらか異なっていることを示すものである」というふうにしてはどうでしょうか? --hoshi 2006-11-23 (木) 23:06:27
    • ご指摘ありがとうございます。そのようにしました。--dekipema
  • 「しかし母音記号と子音字を組み合わせるやり方は,インドのそのようにきれいな表音文字のどの体系にも見られず,」→「...は,インドのものほど完璧なものは他にはどこにも見当たらない。」だと思います。--hoshi
    • なるほど,確かにそう読むのがすっきりしており,前後とも合います。ありがとうございます。--dekipema
    • 「...がインドのものほど完璧なものは」のほうがさらによいかな? --hoshi
    • そうですね。言われてみればそのとおり。さっそく直しました。--dekipema
  • 「ブラフミー文字」→「ブラーフミー文字」に修正しました。 --hoshi
  • 「ヤワナ文字」→「ギリシャ文字」に修正しました。注釈を参照してください。--hoshi
  • yig rigs drug cu rtsa bzhi:64種の文字のリストが【DUNG DKAR02:1854-1855】に掲載されている
    • それによれば,mdo rgya che rol paに,tshangs pa'i yi geやkha re ShTa'i yi ge以下,snying po thams cad kun bsdus pa'i yi geまでの説明があるとして,64の名称があげられています。6番目にm'a ga d+ha'i yi geがありますね。--dekipema,2007-01-06 (土) 17:32:58
  • ランチャ文字について
    「ランジャナ文字は,インドでパーラ王朝後期に出現した装飾性の高いクティラ体が, ネパールに入ってさらに装飾性を増したものである。(中略)この字体は,ネパールからチベットに伝播してランチャ文字と呼ばれ,チベット仏教の内陸アジアへの伝播に伴い,標準的な梵字として各地に普及した。」(『ネパール仏教』田中公明・吉崎一美,春秋社,p.100)
  • ワルトゥ文字について
    「ネワール文字の頭部を芸術的にカーブさせた書体も,十一世紀頃から流行しはじめる。この書体はネワール語でブジモール(蠅頭),サンスクリット語では『丸まった』を意味するヴァールトゥラ体と呼ばれた。(中略)この書体もチベットに伝播してワルトゥ文字と呼ばれ,ランチャ文字と並んで長く伝えられた。」(上掲書 p.100)
    • 田中先生の本の記述が大変参考になるので引用しておきます。--hoshi 2007-01-16 (火) 17:11:35

*1 mdo rgya che rol paに,tshangs pa'i yi geやkha re ShTa'i yi ge以下,snying po thams cad kun bsdus pa'i yi geまでの説明があるとして,64の名称があげられてる【DUNG DKAR02:1854-1855】文字体系の数?
*2 yawana:Yavana。サンスクリット語でギリシャを意味する語。東洋で最初に知られたギリシャ人であるイオニア人に対応する語と推定されている。link
*3 pha ran. 要確認
*4 ワルトゥのこと。

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