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〜 GC/gserthang08/07 〜

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『世界知識行 黄金の平原』第八章 07  

  • pp.261-263
  • 担当:浅井

さて,みな信じがたいだろうが,以下のように述べてみよう。つまりこういうことである。

トゥミがチベット文字を新たに作った時,元にしたインドの文字にどのような増減をしたのかについて,シャル大訳経師*1が,「bcu[=10]はダシャ,'jig rten[=世間]はロカといった[語]がインドの言葉にあるので,ca,jaなどはチベット語に新たに加えられた[ものである]」*2とおっしゃっている。後世の人々もそれを学問的態度とみなし,何度もくり返しておられる。付け加えられたのがそういった文字だとしても,そういう理由は非常に低次元で,ka ba[=柱]を意味する語stambhaスタムバにka[の字]はないし,nam mkha'[=虚空]を意味する語akashyaアカシャにもkha[の字]はない。なので,[シャル訳経師の説が正しければ,]kaとkhaなども新たに追加されたものということになってしまう。

グー訳経師シュンヌペー*3は,「[トゥミがチベット文字を新たに作る際,インドの言葉の字母から]母音と子音のうちTaの行*4および4つの行の4番目[の文字]*5,SHaを除いた。インド東部の一部の人々がtsa,tsha,dzaをca,cha,jaと読むので,その3つはそのままにした。インドの言葉にないzhaとzaも入れた」等とおっしゃり,caとchaとjaがインドの言葉にあったように述べておられる。ディクン・ペンズィン*6が「ニンマ派の密教経典にcaとchaなどが出てくるが,正しくない」と言っており,ラマ・ソクドーパも「tsa,tsha,dzaなど[の文字]を読む際,ca,cha,jaと発音する者が,かつてカシミールの人にいた」等とおっしゃっている。しかしそれらはみな明らかに,インドの言葉にtsaとtshaとdzaがあったものという考えと同じである。一般に,ca,cha,ja,nya,pa,pha,ba,ma,ya,haなどは,どの土地でも言葉の達者でない子供たちすべての舌に,もともとあるものである[=どの土地でも子供たちが発音できる音である]し,聾者であってもたいてい発音することができる。なので,字形のみにとらわれて*7これらの文字がどの地域の言葉にもないと言うのは,軽はずみである。

(こういう意見に対して,是非の分析が虚心によるものであるなら,私は自分の見聞に[基づいた]理由をできるだけ説明いたしましょう。しかし,「ではスィトゥ・ペンチェン*8が間違っているのか?」「ラマ・ラクサム*9が間違っているのか?」「某氏が間違っているというのか?」などと,有名な人たちの名前を次々に挙げて脅したり,シャンシュンの馬乗りとトゥミの伝承*10などを引用[して反論しようと]するなら,私はちっとも答えたくありません。)

注(1)カッコ内の一文は,ばらばらになった紙の1枚にあったので,このか所ではないかと思い挿入した。編者。

インド人たちに「あなた方の文字にtsa,tsha,dzaはあるが,ca,cha,jaはない」と言ったら,驚くことまちがいなしだ。東西の地域,中央部などインドの人々みながca,cha,ja,jha,nyaと発音するのであって,tsa,tsha,dza,dzha,nyaと言う人は[チベット人以外]だれもいない。

コメント  

  • bri bsnan:briには「減じる」の意味があります。ここでは「減じたり追加したり」,つまり増減という意味になります。--hoshi 2006-12-25
  • mkhas nyams:mnyam(同じ,同等)ではなくてnyams(経験,姿,風格,性質)ですのでご注意を。「学問的な態度」という感じでしょうか。--hoshi 2006-12-25
  • bsnan par thal:thalにはやりすぎるという意味があります。「追加したということになってしまう」といった感じの訳し方のほうがよいでしょう。--hoshi 2006-12-25
  • 'bri gung dpal 'dzin:ディクン寺の創建者ディクン・ジクテンゴンボ・リンチェンペーのことと思われる。1143-1217。link@rywikilink@tbrc --hoshi 2006-12-25
    • いただいたコメントにしたがって一部修正しました。ありがとうございます。--dekipema 2006-12-25 (月) 17:36:43
  • zhang zhung gi rta pa dang / thu mi'i gtam rgyud:「シャンシュンの馬乗りとトゥミ」の伝承,ということになります。インドで文字を学んだトゥミがチベットへの帰路,馬に乗った人物に出会い,会話をかわすうちに,ca, cha, ja, zha, za, 'aの文字がチベット文字には必要だということに思い至って,これら六文字を導入した,という有名なお話があります。出典はどこだったっけ,今調べているところです。--hoshi 2006-12-26 (火) 11:28:48
    • その人が「馬に乗っていた」という記述が見つからないのですが、どこかにありますか?--dekipema 2006-12-27 (水) 17:59:42
    • コピーをお渡ししたthon mi'i zhal lungには馬に乗っていたという記述は確かにないですね。単に旅人と。他のにあったかもしれません。探してみます。--hoshi 2006-12-27 (水) 21:11:51
    • 夢からさめたらおばあさんがそばにいて,そのおばあさんとの会話で云々という記述が15世紀の著作rgya bod yig tshang chen moに出てきました。実はそのおばあさん,文殊菩薩の化身で...なんていう話も。--hoshi 2007-01-05 (金) 09:25:08

*1 chos skyong bzang po(1444-1527or1529).正書法やスムターについての著作あり。
*2 zha lu lo ts'a ba chos skyong bzang po, slob dpon a nus mdzad pa'i bod kyi skad kyi gsung rab la 'jug tshul sum cu ba'i rnam 'grel bzhugs so. sum rtags skor gyi dpe rgyun dkon po 'ga' phyogs gcig tu bsgrigs pa mu tig phreng ba, mtsho sngon mi rigs dpe skrun khang,,p.8. それによれば,シャルの言とGCの引用の意味には,若干のずれがあるような。
*3 (1392-1481).
*4 Ta,THa,Da,DHa,Na
*5 gha,jha,dha,bha.
*6 'jig rten mgon po(1143-1217).
*7 チベット文字で書かれたサンスクリットにca,cha,jaの字がないからca,cha,jaの音もない、と考えることを指す。
*8 chos kyi 'byung gnas(1699/1700-1774).
*9 ka.rma lhag bsam (19世紀~?)か? sgra dang sdeb sbyorという著作あり。
*10 トゥミがシャンシュン地方を通った時,ある人との会話からca,cha,ja,zha,za,'aの6つをチベット文字に加えようと決めた,という伝承。会話は以下の通り。トゥミ「どこから来たのか」その人「シャンシュンzhang zhungから来た'ongs」トゥミ「どこへ行くのか」その人「サホルza horへ行く」トゥミ「目的は」その人「茶jaを買いに」トゥミ「いつ戻る」その人「わからないci cha」。tshe tan zhabs drung, thon mi'i zhal lung, kan su'u mi dmangs dpe skrun khang, 1980, p.20.

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