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『世界知識行 黄金の平原』 第八章 08  

  • 263/1-265/1
  • 担当:大川,修正:星

それだけではなく、tsaやtshaなどは、インド人にいくら教えても正しく発音できない*1のは本当である。

かつて書かれた文字[とその発音]の調音点*2を示した典籍などにも「三段目*3をtsaなどと読む必要はまったくない」とある。私も我々のこの言説が耳に長く馴染んでいるために,こだわってしまうが,事の道理を見てもなお歪んだ[見解の]ままでいられる他の人たちのような肝っ玉は毛ほどもない。そういうわけで,おそらくそれが真実なのだと思う。

しかし我々がサンスクリット[のcaやcha]をtsaやtshaなどと読んだことが誤りだったとしても、それは大変古くからの誤りなのであって、後代に[誤りが生じたの]ではないことははっきりしている。さらに,インドとチベットのまじった種であるネパール人たちがtsaやtshaのようにはっきりと発音していることから、後代,我々の訳経師たちにとってはインドの人たちよりも彼ら[=ネパール人]と関係が深かったので、その影響を受けたのではないかと思う。

シャル寺にヌプ・チューター*4の直筆で,サンスクリット*5をチベット文字で書いたものが多数*6残っている。中には【illust.】このような形をしたものがあるが,[冒頭の文字は]caであるのかtsaであるのか断言はできないけども、【illust.】[これらの字形を考慮すると?]やはりtsaなのではないかと思う。

古代に書かれたサンスクリットの[チベット文字]表記を見ると,ブッダ(buddha)を'bu 'da',ダルマ(dharma)を'dar ma,サンガ(sangga)をsang 'ga',プラジュニャー(prajn;aa)をpar 'gya',チャクラ(cakra)をtsa dkar,トライロカ(trailoka)をtar re'i lo kaなどと,発音に対応して書かれている。[余談だが]ヌプ・チューターのお書きになったものにも,[buddhaの]buを‘buと表記したものが散見される。[古代のサンスクリット表記法を見ると]当時から[サンスクリット文字表の]第2段をtsa,tshaのように発音していたことが見て取れる。[先にも例を上げた]ヌプ・チューター直筆の文字として,僧衣にあたる語【illust.】-- [ウチェン体で書けば]tsaibara[に対応]とあるのは、[字形を見ただけでは冒頭の文字が]caなのかtsaなのか判別するのは難しいが,[今言ったような状況証拠からすれば]おそらくtsaであることが分かる。

[これまでの話は]サンスクリットを発音通りに[チベット文字で]表記する[ということだったが],さらに,チベット語の書物には略字体というものがある。[例えば]マンダラをtal、「無い」を[サンスクリットの否定形式である]Na[と書いたり],bsamなどは[サンスクリットの鼻音符号である]アヌスヴァーラよろしく[後置字の]mを[基字の]上に[○の形で]書いたり,またdangの代わりに[サンスクリットの等位接続形式であるcaに対応させた]tsa[と書く]など,サンスクリット崩れがたくさん混ぜて書かれているのである。*7

【illust.】これらを見るにつけ、ディクン・ペンズィンが「『最初は芽吹く('bus)のでブッダヤ(仏陀に敬礼します)、間は広まっている(dar)のでダルマヤ(仏法に敬礼します)*8、最後には清められる(sangs)のでサンガヤ(サンガに敬礼します)』などといった語源解説*9が密教経典に書かれている」と指摘して、一部の愚かな者によって書かれたブッダ,ダルマ,サンガに関する語源解説を批判しておられる[ことが思い出される]。また,ラマ・ソクドーパは、「そんなことがあるとしたら愚かなことばというほかないが,しかし[あるというなら,サンスクリットの原典の]いったいどこに[書かれて]いるのか,[証拠を]示せ」と憤っておられる。

[ニンマ派のロンチェン・ラプジャムバによる七蔵のうちの一つである]『妙乗蔵 (theg mchog mdzod)』に引用されている[ゾクチェンの十七タントラのうちの一つ]「音への洞察 (sgra thal 'gyur)の教え」にも,サマヤ(三昧耶)の語源解説として「saは生成(bskyed)の意,maは衰えることなし(ma nyams)[の意]、yaは拡散(g.yel)[の意]となるなら」とある。これは「大地(sa gzhi)と等しからず(ma mnyam)という二つの語の最初の二つの文字[=saとma]と、拡散する(g.yel)という語の基字[= ya]」という表現を思い浮かべて書かれたもののようである。

そういうわけで,我らがニンマ派の尊い密教経典にも一時期このようなものがあったということは、疑いようのない事実であるので,それほど[ニンマ派に分があるといって]誇ることもできないのである。

コメント  

  • phyis tsa na ni min par gsal:後代に[誤ったのでは]ないことは明らかである -rang re'i lo ts'a ba sogs la rgya gar ba las kyang khong rnams 'brel che stabs:我らが[チベットの]訳経師にとってはインド人よりも彼ら[=ネパール人]との方が関係が深かったので
  • tshan mang po:多数
  • bsdu yig:bsdus yigと同義でしょう。略字
  • Na:サンスクリットの否定辞
  • ca:サンスクリットの等位接続辞
  • rjes su nga ro:鼻音記号,アヌスヴァーラ(ここではbsamにおいてmの代わりに○をsaの上に書く書き方)
  • rgya yig nyams chag:崩れたインド文字,インド文字崩れ
  • buddha la 'bu 'da' / ...:ブッダ(buddha)を'bu 'da',ダルマ(dharma)を'dar ma,サンガ(sangga)をsang 'ga',プラジュニャー(prajn;aa)をpar 'gya',チャクラ(cakra)をtsa dkar,トライロカ(trailoka)をtar re'i lo kaなどと
  • dang po 'bus pas 'bu da ya:'busは「芽吹く,新しく開く」などの意。
  • sgra bshad:語源。語を構成する文字から語源を推測する方法だとか。
  • bsnyon du med:否定できない
  • de tsam du yus che rgyu yang mi 'dug:それほどまで自説に理があるとは誇れない(?)
    • 以上星コメントでした。--hoshi 2006-12-27 (水) 03:24:10
  • caibara?:Lokesh ChandraのTibetan-Sanskritをchos gosで引いてみたらciivaraという綴りが載っており,まさにこれのようです。また,ドカルワ・ツェリンワンギェーのサンスクリットーチベット語辞書のchos gosの項には,c'ibaraMとあり。翻訳名義大集も確認したところ,ciivaraで収録あり。Apteのサンスクリット英語辞典で検索すると,衣服,托鉢僧の衣服,などとの記述あり。
    • hoshi 2007-01-09 (火) 21:26:04

*1 lces dag par 'khyol:舌が正しく完成しない
*2 skyes gnasはskye gnasであろう。
*3 sde pa gsum paとあるが,チベット文字で書かれたサンスクリットの文字表の二段目のことを言っていると思われる。
*4 gnubs chos grags 不明。ヌプはリンプン地方の地名であり、またヌプ氏は吐蕃時代の一氏族とのこと(蔵漢)。
*5 rgya skadとあるが,サンスクリットと訳す。
*6 tshan mang po:多くの部分と解釈した。
*7 アヌスヴァーラ風の表記は今に至るまで使われている。また,sogsなどで-gsを-Tと書く表記法も同じ流れのものなのだろうか?
*8 yaはチベット語ではphyag 'tshal loと翻訳される。
*9 sgra bshad

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