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〜 ROB_23 〜

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第二十三話 心臓をつかむ娘 

試し訳です。段落は原文に従いました。分からないところ,自信のないところには注釈を付け,原文をWylie表記で示すなどした。chime

ROB_23_01 p.196 

デチューサンボは前と同じように墓場に行って屍鬼グートゥプを背負って行くと,屍鬼は物語を語り出しました。

ROB_23_02 p.196 

むかし,ポロムペー*1というところに,農民の夫婦がおりました。夫婦には娘が一人おりました。その娘は分別があり*2,よく働き,姿形は申し分なく,特に歌を歌うのに実に素晴らしい喉の持ち主でした。歌を歌えば,ヤンチェンラモ*3の伝統を継ぐ者が奏でる*4よりも美しい声を響かせました。娘はいつも森に薪を拾いに行くと,声高く歌を歌いました。娘が歌を歌うと遠いところでも歌詞が一つ一つはっきりと聞こえるので,家にいる両親はそれを耳にすると心から嬉しくなるのでした。

ROB_23_03 pp.196-197 

ある日のこと,その国の王様ナンゼー王には王子が一人おりましたが,まだお妃をめとっておらず,その王子が気張らしに山に狩りに出かけました。王子は遠くの森の木々の間から,娘が歌を歌っているのを聞こえました。その声がまるでカラピンカ鳥*5のようだったので,王子は歌を歌っている娘のところにぜひとも行って話をしたいと思い,歌声のする方に駆けていきました。王子は娘を見るや,たいへん神々しく,その姿形はまるで神のようで,歌を歌えばまるでカラピンカ鳥の歌声のようだったので,森の女神かもしれないと思い,王子も歌を歌いました。

そうして二人はお互いに歌の掛け合いをして,お互いの思いを全て理解しました。王子は娘が本当に好きになり,娘も王子に威張ったところがなく,心根の良い,まるで若鷹のような美男子なのを見て,心から好きになりました。

ROB_23_04 p.197 

それからというもの,王子はいつも農家に行って,娘と一緒に歌い,踊り興じて過ごしました。農家の夫婦も王子のことがたいそう好きになり,甘い米の酒*6を出しました。そうして二人の間には深い愛情が生まれたのでした。

ROB_23_05 pp.197-198 

そのころナンゼー王は王子に,遠い国の王様の王女をお妃に迎えました。王子はそのお妃が大嫌いでした。娘は歌も歌えず踊りも踊れず,[できることと言えば]脂ぎった肉と甘い酒ばかり飲むことぐらいでした。王子は農家の娘のことをたびたび思い出しました。農家の娘は絹衣を身にまとっていなくても姿形はまるで矢のよう*7。顔にほお紅など塗っていなくても*8,色白の肌が紅く染まっている。琵琶などの楽器はないけれども歌声はカラピンカ鳥の声のよう。とくににっこりと笑うとき,口が笑えば目も笑うのです。王子は農家に行って楽しく過ごしたかったけれども,王様ご夫妻はお妃をめとってからというもの,王子を宮殿に閉じこめてしまったので,どうしようもありませんでした。

王子は遠い国から来たお妃のことがどうしようもなく嫌になったので,二人はいつも言い争いをして,「嫁が立ち上がって物を言えば[その間に]馬子は一日の道のりを進む」ということわざのように,たいそう気性の激し女でした。夫が一言言えば嫁は二言返してくるのです。そうやって昼も晩も,月も年も過ぎて,王子は悲しみに暮れておりました。立派な体つきだったのも衰えて,からだは日々ますます弱くなっていき,[ついには]死んでしまいました。

ROB_23_06 pp.198-199 

農家の娘は王子が死んだことをまだ知らず,毎日のように王子に会いたいと願っていました。二月になって雷が鳴ると王子が来たかしらと思ったけれども現れず,四月になってかっこうが鳴くと王子が来たかしらと思っても現れず,十五夜の月が出ると王子が来るわと思ったけれども現れないので,月の上に年を置いて*9,王子を待っていました。特に十五夜の晩,満月になると,王子が来るかしらと期待をして,月が中宵を過ぎるまでまっていました。

ROB_23_07 pp.199-200 

ある十五夜の夜,満月がまばゆい光を放っておりました。娘は今夜は王子は来るかもしれないわと思って待っていると,月の光のほうに[目をやると]誰かが扉を叩いてきました。娘は,今晩は間違いなく王子が来たんだわと思って扉を開けてみると,なんと,真っ白なお顔をして白い衣をまとい,飾りも武器も何も身につけず,たった一人で歩いていらっしゃったのです。娘は大喜びで王子の手を取って家に招き入れ,米のお酒を注ぐと,

「なんてうまいんだろう」と言って飲みました*10。以前は王子は体つきも立派で遊ぶのが好きだったのに,今晩は弱々しく,悲しそうな表情をしているわ,どうしたのかしら,と思って尋ねると,王子は,

「私の後に着いておいで。なぜだか分かるから」と言いました。娘も王子の後を着いて行くと,王子の宮殿のあるところに到着しました。宮殿の中には太鼓やシンバルの音が鳴り響いているのが聞こえました。娘は王子に,

「これはいったいどうしたんですか?*11」と尋ねると,王子は,

「分かりませんか?これは私の弔い*12を執り行っているのです」と言うと,娘は,

「何のためにお弔いをするのですか。お父上のお弔いですか」と聞きました。すると王子はたいそう悲しそうに,自分に起こった出来事などを詳しく話しました。すると娘もまたたいそう悲しくなって泣きますと,王子も泣きました。そうして二人は子供が泣きじゃくるようにして泣いて,いったいどれだけ時間が経ったのか分からなくなったころ,夜明けが近づいていました。二人は一緒に再び娘の家に戻りました。

家の前に着くと,娘は王子を家に招き入れようとしましたが,王子は,

「もう夜明けが誓いので私は行かなくてはなりません。来月の十五夜に会おう」と言って,風音も立てることなく消え去ってしまいました。娘は悲しみと恐れとで気を失ってしまいました他。目が覚めて,

「王子様,王子様」と呼んだけれども,王子からは返事一つなく,悲しい気持ちで自分の寝間に帰りました。そして次の十五夜を待っていました。

ROB_23_08 p.200 

それからというもの,毎月十五夜の晩には王子は娘のところにやってきて,米の酒を飲み,歌と踊りを楽しんで,夜が明けると姿を消してしまうということが続きました。

ROB_23_09 pp.200-202 

ある十五夜の晩,王子がいつものようにやってきますと,娘は,

「すべての十五夜の晩にあなたと会うのは嬉しいけれど,いつも一緒にいることができないのは,なんと悲しいことでしょう」と申しました。すると王子は,

「あなたに私を本当に愛する気持ちがあって,あなたが堪え忍ぶことができるのなら,いつも一緒にいることはできるようになるかも知れません」と言いました。娘は,

「たとえ太陽と月が大地に落ちてくるようなことがあっても,あなたへの愛は変わることはありません。王子様と一緒にいられるなら,自分のからだの肉と骨が離れるようなことがあっても耐えられます。耐えて苦しみを乗り越えます」と言いました。すると王子は,

「それではサカダワの十五夜の晩,月が出たら,南の方角へ行きなさい。そして一由旬ほど*13行ったところに,鉄の野人が煮えたぎった溶けた鉄を飲んで「喉が渇いたなあ」と言っているやつがいる。そいつに米の酒を一袋やりなさい。また先に行って一由旬ほど行ったところに二匹の羊がぶつかりあいをしているだろう。その二匹に酒粕をそれぞれやりなさい。また先へ一由旬ほど行くと,武器を身につけた兵士が三人いる。彼らに肉をそれぞれやりなさい。それから一由旬ほど行くと,血塗られた黒い家があり,人の皮で作った恐ろしげな幢(ギェンツェン)が立ててある家の戸口に,血の髪を持つ閻魔天*14が二人いる。その二人に血のお初をそれぞれやり,家の中に入ると,八人の呪術師が取り囲んでいる曼荼羅がある。その曼荼羅の端には人の心臓が古いのが八つと新しいのが一つと,九つの心臓がある。八つの古い心臓が,「私を取っておくれ,運んでおくれ」と言ってくる。新しい心臓は「私を運ばないでおくれ,運ばないでおくれ」と言ってくるだろう。それを気にせずに,勇気を出して,恐れたり臆病になったりすることなく,新しい心臓を手にとって,振り返ることなく逃げなさい。新しい心臓を手に入れたら,今生の間ずっと一緒に暮らすことができるだろう」と言って,風のごとく姿を消してしまいました。

ROB_23_10 pp.202-203 

サカダワの十五日の晩,娘は旅支度をして,勇気を出して南の方角に向かいました。王子の言ったことを心に留めて,その通りに成し遂げて,新しい心臓をつかんでふところに入れ,振り返らずに逃げていきました。すると呪術師たちが追ってきて,

「血の髪を持つ閻魔天よ,心臓が盗まれた。捕まえろ!」と声を上げたけれども,「zas ngoは閻魔王や魔物にもある」と言われる通り,閻魔天の二人は,

「この娘は俺たち二人に血のお初を暮れたんだ」と言って逃がしてやりました。娘は振り返らずに逃げていくと,武器を身につけた兵士が三人いるところにたどり着きました。その三人は,

「この娘はわれわれに肉をくれたんだ」と言って逃がしてくれました。また逃げていくと二匹の羊がいるところにたどり着き,呪術師たちは,

「その娘に心臓を盗まれた。娘にぶちあたれ」と言うと,二匹の羊は,

「この娘は私らに酒粕をくれたんだ」と言ってこちらに向かってきませんでした。また逃げて,鉄の野人がいるところに行くと,八人の呪術師が,

「鉄の野人よ,その娘は心臓を盗んだから,殺せ」と言うと,

「この娘は私に米の酒を一袋くれたんです。どうして殺せましょう。お前たちが私に熱い溶けた鉄を飲ませたのだから,お前たちを殺してやる」と言って,大きな鉄の塊を八人の呪術師に投げつけて,人の心臓を喰らう者たちを殺しました。

娘が自分の村に帰ると夜が明けました。心臓を持って家にたどり着くと,からだに生気がよみがえり,美しく着飾った王子が戻ってきたのでした。

ROB_23_11 p.203 

物語がここまで進んだところで,デチューサンボは,

「娘は嬉しかったことだろうな!」と言ったとたん,屍鬼グートゥプは,はらりっと再び墓場に舞い戻ってしまいました。

翻訳:chime
初版:2004.6.30

*1 bu ram 'phel:直訳すれば「砂糖黍が増える」
*2 rnam rig gsalの訳として。
*3 弁才天,妙音天,サラスワティー
*4 rgyud mgas dkrol ba
*5 伝説上の小鳥。海中の島に棲み,白色で声が美しいという。
*6 'bras changと言えば,米の酒を指す場合と,米・麹・砂糖で作る干菓子を指す場合があるが,次の段落でchang mngar mo tsam 'thung shesという表現があることから,一応酒と考えた。
*7 矢のようにしなやかという意味か?
*8 ngo la khur tshos bskus med na yangの訳として。(m)khur tshosはほお骨の出っ張っている当たりを指す単語で,ほお紅という意味はないようだが,khur tshos bskuでほお紅を塗るということと一応の解釈をした。
*9 zla thog lo bzhag byas nasの解釈がいまいちよく分からないのでとりあえず直訳しています。
*10 'thung byungのbyungはここではどのように解釈すべきか。このテキスト全般にわたり,byungの用法は注目すべきである。
*11 ci nyesの訳として。直訳すると「何が悪いのか」。
*12 gdung mchodの訳として。'das mchodとどのように違うのだろうか?
*13 dpag tshad gcigは1ヨージャナ,古代インドの距離の単位の一つ。ここでは漢訳の由旬を用いる。10km,15kmなどいろいろな説がある。
*14 gshin rje khrag gi ral ba canに対する訳。gshing rjeは閻魔大王ではなく閻魔天?広辞苑によると「十二天の一で、南方を守護。閻魔が密教に入って護法神となったもの。閻魔天供法の本尊。焔摩天。」わからない...

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