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〜 blon chen 〜

[blon chen]

名称  

  1. チベット語
    1. blon chen
    2. srid blon
    3. srid tshab
  2. 発音
    1. ルンチェン
    2. スィールン
    3. スィーツァプ
  3. 日本語訳
    • 首相
    • 宰相【多田1982:111】【ダライラマ1989:412】
    • 西蔵王(司法に関する全権を把握しているため)【多田1982:111】
    • 副摂政(ダライラマ十三世の死後、使用)【多田1982:111】
    • チベット王【劉:145】
  4. 英訳
    • prime minister【GOL:12】
    • head of government【GOL:143】
  5. 中国語訳
    1. 宰相,丞相,大臣,首相【拉薩口語:669】。宰輔大臣【蔵漢:1927】。倫欽【畢達克:314】【喜饒:291】
    2. 司倫【WANG1991:253】【蔵漢:2978】【畢達克:316】【喜饒:291】。司倫(また倫欽とも)【拉薩口語:1014】
    3. 司曹(代理司倫)【WANG1991:253】【喜饒:291】。摂政(代理司倫)【拉薩口語:1014】。司曹(代理摂政)(『中國共産黨西藏自治區組織史資料1950-1987』):309】。

歴史  

  • 1907年ルンチェン職を新設【喜饒:291】
  • ダライラマ13世がモンゴル亡命に際し、シャタ、シューカン、チャンキムの3名を任命【GOL:12】ルンチェンに任命【喜饒:291】
  • 1926年ダライラマ13世がランドゥンを(ルンチェンを改め)スィールンに任命【喜饒:291】
  • 1950年12月、ダライラマ14世がラサを離れるに当たり、ロサン・タシとルカンワ・ツェワン・ラプテンを任命【GOL:12】【西蔵歴史年表:92】スィーツァプ(代理スィールン)に任命【喜饒:291】

所掌業務  

  • ダライラマの下、大臣の上。ダライラマが苛酷な司法権を行使すべきでないため、それが宰相に委ねられている【多田1982:111】
  • 高徳ラマによって占められている摂政の地位を補佐するもの【多田1982:111】
  • 1913年のダライラマ13世帰国後、機能が限定され、俗官の提案をダライラマに取り次ぐことが主に【GOL:12】カシャの会議に出席しないが、カシャの意見をルンチェンがとりつぎ、その時自己の意見をつけて達頼喇嘛に提出【喜饒:291】
  • 四大臣とともに中央及び地方の文武諸官を統率し、ダライ法王のむねを承けて政治を行う組織。職務上特殊の部署がある訳ではない。四大臣より上位であるが、執務上必ずしも主従的関係を有せず、往々二個の独立幹部の存するがごとき観を呈し、二部合同して直接法王の裁可を待つ場合がある【青木S44:159】
  • 内閣から受けた報告を、必要に応じてダライラマに提出【BELL1946:143】内閣から議会の決定事項の報告を受け、ダライラマに提出【BELL1946:146】内閣からの上訴のうち、殺人などの重大事件について、ダライラマの判断を仰ぐ【BELL1946:157】

歴代任官者  

  • 1907年1月(?)-シャタ【GOL:12,49】夏札辺覚多吉(1907~1919在任)【喜饒:291】
  • 1907年1月(?)-チャンキム【GOL:12,49】強欽欽繞絳曲貝桑(1907-1920在任)【喜饒:291】
  • 1907年1月(?)-シューカン【GOL:12,49】-1921-【GOL:100】雪康頓柱彭措(1907-1925在任)【喜饒:291】
  • -1920年頃- ショカン【BELL1946:143】
  • 1926年-1939年ランドゥンglang mdun kun dga' dbang phyug(=朗敦貢嘎旺秋【喜饒:291】)ダライラマ13世の甥【GOL:147】
  • 1950年-ロサン・タシ(羅桑扎西)・ルカンワ・ツェワン・ラプテン(魯康娃オ旺繞登)【喜饒:291】

位階  

  • 一品。二品【WANG】二品【喜饒:291】
  • 内閣より上【GOL:49】ga厦の上【喜饒:291】

構成メンバーと人数および業務  

  • 定員なし【多田1982:111】一般に俗官より担任【喜饒:291】
  • 前に四人いたが三人がすでに死去【劉:146】

秘書  

  • 一名【劉:147】

侍従長  

  • 一名【劉:147】

門警  

  • 一名【劉:147】
  • 資格や学歴より、もっぱら体格のよい風貌のいかめしい者を選ぶ【劉:147】

製食官  

  • 一名【劉:147】

近侍  

  • 一名【劉:147】

伝令  

  • 二名【劉:147】

設置場所  

その他  

  • 俸給として、地方を十三州五十三県に区分してあるうちの一県若くはその一部分からの罰金・納税・農牧等の収穫を与えられる【多田1982:111-112】
  • ダライラマの下。その決定は以前は各大フトクトの選挙によっていたが、近来はダライラマによってその意中の人物が任ぜられている。資格としてダライラマの一族であることを相当重要視。学識も【劉:145】
  • かつて王とダライラマは政教を分けていたが、ある世代にダライラマが王を殺して政権を奪い、今日では王は虚名を擁するのみ【劉:146】
  • srid blonと同じかどうか確認必要→これについては、次の文章を見つけました。 「十三世達頼喇嘛親政後,対西蔵地方的政治制度作了一些改進。尤為突出的是1907年,他新設”倫欽”官職,為二品,其地位在ga厦之上,一般由俗官担任。他們不出席ga厦的会議,但ga厦的意見須由他們転呈達頼喇嘛,同時附上自己的意見。最初任命的三位倫欽是夏札辺覚多吉(1907-1919在任)、強欽欽繞絳曲貝桑(1907-1920在任)、雪康頓柱彭措(1907-1925在任)。1926年,十三世達頼喇嘛以其侄朗敦貢嘎旺秋任此職,易官名為司倫。1939年,在尋找達頼霊童的問題上,司倫朗敦貢嘎旺秋与摂政熱振呼図克図意見不和,遂被西蔵民衆大会議罷免,但待遇依旧。1950年,十四世達頼喇嘛曾任命羅桑扎西、魯康娃オ旺繞登為代理司倫,即司曹,後因組織非法的”人民会議”被撒職。従此,廃除了司倫一職的設置。」(【喜饒:291】p291)
  • 構成メンバーはひとまず【劉】によっているが、検討必要

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