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[チベット史年表/1805-1815] のバックアップソース(No.2)

#navi(チベット史年表)
*&size(18){&color(Silver){(13) }; ダライラマ9世代}; [#cdf86cce]

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#contents2_1(depth=0)

**1808 [#b8df06e6]
+チベット
--第9世ダライラマ、ルントク・ギャツォ(Lungtok Gyatso 1805-15)即位【ダライラマ1989:411】
--金瓶制籤制,ダライラマ9世の選定には実行されず【シャカッパ:212】
--摂政テンバイ・ゴンボ・クンデリン(Tenpai Gonpo Kundeling)死去(1810)、デモ・トプテン・ジグメ(Demo Thubten Jigme)新摂政となる【ダライラマ1989:411】
--この頃、三大寺(セラ、レプン、ガンデン)の圧力により、チベット政府は国境地域の役人に対し、外国人のチベット入国阻止を厳命(外国人はチベット仏教に脅威となるとの理由による)、これ以降チベットの孤立化強まる【ダライラマ1989:411】
+周辺
+メモ


**1811 [#p17101b6]
+チベット
--トマス・マニング、擬装してラサ入り。ダライラマ9世に謁見【シャカッパ:225】
+周辺
+メモ
--【シャカッパ:225】では「7世」となっているが、【SHAK76(1):674】【歴代人名辞典:401】他により修正。

**1812 [#y133e032]
+チベット
--ウィリアム・ムアクロフトが遠征隊を率いチベット入りを目指すが、途中で放棄【グルンフェルド:65】
+周辺
+メモ
**1813 [#t5485e5e]
+チベット
+周辺
--東インド会社に付与されたイギリス国王の勅許状が改訂(キリスト教の布教活動公認=篤信条項、対中国貿易以外のアジア貿易が自由化)【藤井:2】
+メモ
**1814 [#b46542f3]
+チベット
--英国領インド・グルカ戦に際し、ネパール王がチベットに援助要請。公式の回答をしたかどうかは不明だが、摂政が僧院長に対しネパールの戦勝祈願法要を指示【シャカッパ:214】
+周辺
+メモ
**1815 [#y51b454d]
+チベット
第9世ダライラマ死す、10歳【ダライラマ1989:411】
+周辺
--《スリランカ》キャンディ王国がイギリス軍に敗北して滅亡。スリランカはイギリス領となる。【南アジアを知る事典:189】
+メモ


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