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[チベット史年表/1207-1357] の変更点


 #navi(チベット史年表)
 *&size(18){&color(Silver){(03) };モンゴルの間接支配(サキャ派)時代}; [#k145d9c1]
 
 |&contents2_1(depth=2);|
 #contents2_1(depth=0)
 **1207 [#i8b1896b]
 +チベット
 --ジンギス汗への朝貢決定【シャカッパ:77】
 +周辺
 +メモ
 
 **1227 [#o756dcd1]
 +チベット
 --ジンギス汗没。その後、朝貢停止したため、モンゴルとの関係悪化【シャカッパ:77】
 --ジンギス汗没後、朝貢停止したため、モンゴルとの関係悪化【シャカッパ:77】
 +周辺
 --[8月25日(18日とも)]チンギス・ハーン、六盤山(現寧夏回族自治区)の陣中で没【宮脇2002:86】
 --《モンゴル》[8月25日(18日とも)]チンギス・ハーン、六盤山(現寧夏回族自治区)の陣中で没【宮脇2002:86】
 +メモ
 
 **1235 [#ce4cb751]
 +チベット
 +周辺
 --オルホン河畔にカラコルム建設【宮脇1995:264】
 --《モンゴル》オルホン河畔にカラコルム建設【宮脇1995:264】
 +メモ
 
 **1239 [#raccc34f]
 +チベット
 --蒙古ゴダンの軍、ギェルラカンを炎上させる【山口1988:xiv】モンゴル帝国第2代オゴデイ・ハーンの次男ゴデン、カム地方から中央チベットに攻め入り、名刹ギェルラカンを炎上させるなど猛威をふるう【宮脇1995:137】+周辺
 --蒙古ゴダンの軍、ギェルラカンを炎上させる【山口1988:xiv】モンゴル帝国第2代オゴデイ・ハーンの次男ゴデン、カム地方から中央チベットに攻め入り、名刹ギェルラカンを炎上させるなど猛威をふるう【宮脇1995:137】
 +周辺
 +メモ
 --ギェルラカン炎上について、1240年にも記述あり
 --この年のゴデン軍によるものが、モンゴルによるチベット進攻の最初。チンギス・ハーンが1205年にはじめてチベットを攻めたとする説は誤り【宮脇2002:84-85】
 
 **1240 [#g155699c]
 +チベット
 --クテン汗、チベット派兵。リジェとドルタ率いる三万の軍がラサの北方ペンポに達した。モンゴル軍はラデン僧院とギャル寺(ラカン)を焼いた。君主ラマ、ソトゥンと五百人の僧侶や一般人が殺害され、村や町は略奪された【シャカッパ:77】
 +周辺
 +メモ
 --1239年にも同事件の記述あり
 
 
 **1244 [#r31a6981]
 +チベット
 --サパン、クテン王子から最後通牒とも言える招聘状を受けとり、ココノールへ向けて出発【シャカッパ:78-79】サパン、チベットを代表して西涼へ【山口1988:xiv】
 +周辺
 +メモ
 
 **1247 [#vfe7e281]
 +チベット
 --サパン、モンゴル朝廷着(=クテンに服従)【シャカッパ:80,88】
 +周辺
 +メモ
 
 
 **1251 [#taeea32b]
 +チベット
 --クテン汗、チベット派兵【グルンフェルド】
 --サパン、パクパに宗教的権威を譲り渡し、70歳で蘭州にて没【シャカッパ:80】
 +周辺
 --モンケ汗即位【山口1988:xiv】
 --《モンゴル》モンケ汗即位【山口1988:xiv】
 +メモ
 
 **1251 [#dd7ae429]
 +チベット
 --サキャ派支配始まる(~1358年)【グルンフェルド:50】
 +周辺
 +メモ
 
 **1253 [#ec8ab165]
 +チベット
 --フビライ、ココノールを支配下に収め、パクパ招聘【シャカッパ:81】
 +周辺
 +メモ
 
 **1254 [#v686f7a1]
 +チベット
 --フビライ、パクパに至上の権利を承認する勅書を授ける【シャカッパ:82】
 +周辺
 +メモ
 
 **1256 [#z116e02d]
 +チベット
 --カルマ・パクシ、モンケ汗のラマとなる【山口1988:xiv】
 +周辺
 +メモ
 
 **1260 [#ec05b0e2]
 +チベット
 --フビライ汗即位。サキャパクパ、国師となる【山口1988:xiv】フビライ、汗に。パクパに即位式を依頼【シャカッパ:83】
 +周辺
 --フビライとアリク・ブガ兄弟が同時に即位。モンゴル帝国が分裂【宮脇1995:264】
 --《モンゴル》フビライとアリク・ブガ兄弟が同時に即位。モンゴル帝国が分裂【宮脇1995:264】
 +メモ
 
 **1264 [#e0afd297]
 +チベット
 +周辺
 --アリク・ブガがフビライに降る【宮脇1995:264】
 +メモ
 
 **1265 [#o38459c5]
 +チベット
 --パクパ、子供時代以来のチベットへ【シャカッパ:84】
 +周辺
 +メモ
 
 **1267 [#kf2b6563]
 +チベット
 --パクパ、汗よりモンゴル宮廷に戻るよう求められ、モンゴルへ【シャカッパ:84-85】
 --フレグ、ディグン派に施物を贈る【山口1988:xiv】
 +周辺
 +メモ
 
 **1270 [#y66241e0]
 +チベット
 --パクパ、モンゴル到着。モンゴル語用に公案した文字を献呈【シャカッパ:85】
 --パクパ、元朝の帝師となる【山口1988:xiv】
 +周辺
 +メモ
 
 **1274 [#c579f134]
 +チベット
 --パクパ帰蔵に際し、汗が何ヶ月も同行。盛大に送別の宴を催す【シャカッパ:86】
 +周辺
 +メモ
 
 **1277 [#e37bf7a4]
 +チベット
 --フビライ汗、南チベットを攻めさせる【山口1988:xiv】
 +周辺
 +メモ
 
 **1280 [#y943f109]
 +チベット
 --パクパ、死の直前にフビライ汗に献上品と元朝樹立成功を祝する信書送付【シャカッパ:87】
 --パクパ没。毒殺の疑いがあり、汗は事態処理のため、巨大な軍勢を派遣【シャカッパ:86】
 +周辺
 --フビライ汗、元朝樹立【シャカッパ:87】
 --《モンゴル》フビライ汗、元朝樹立【シャカッパ:87】
 +メモ
 
 **1282? [#ma86351f]
 +チベット
 --サパンの甥チャクナとモンゴル王女との間の子、北京で帝師に任命【シャカッパ:87】
 +周辺
 +メモ
 
 **1286 [#u25a6a74]
 +チベット
 --印蔵間を行き来していたヨーギ、ウギェン・センゲがブッダガヤの大塔修理に貢献。大塔の門の1つが「チベット門」と呼び習わされるようになった【シャカッパ:87】
 --フビライ汗、チベット経由でインド・ネパール攻撃を計画するが、後に放棄【シャカッパ:87-88】
 +周辺
 +メモ
 
 **1290 [#i79827e8]
 +チベット
 --フビライ軍、ディグン大僧院破壊【山口1988:xiv】サキャの総督アクレン、ディクン派の本拠地を焼き、多くの僧侶を虐殺【シャカッパ:88】
 --プトゥン生まれる【山口1988:xiv】
 +周辺
 +メモ
 
 **1295 [#b899dc59]
 +チベット
 +周辺
 --フビライ汗没【シャカッパ:88】
 --《モンゴル》フビライ汗没【シャカッパ:88】
 +メモ
 
 **1328 [#qaabf98b]
 +チベット
 --宣教師団ポルデノーネのオドリーコ、キタイ(契丹)よりラサ入り(ラサに到達した最初のヨーロッパ人)【シャカッパ:129】
 +周辺
 +メモ
 
 **1331 [#o5c2e2b2]
 +チベット
 --カルマ派ラマ、ランジュン・ドルジェ、元朝に招聘される【シャカッパ:89】
 +周辺
 +メモ
 
 **1333 [#m18029b0]
 +チベット
 --ランジュン・ドルジェ、トゴン・ティムールの元朝皇帝即位に際し戴冠式を執行。称号を受ける【シャカッパ:89】
 +周辺
 --トゴン・ティムール、元朝皇帝即位【シャカッパ:89】
 --《モンゴル》トゴン・ティムール、元朝皇帝即位【シャカッパ:89】
 +メモ
 
 **1350 [#ub36486f]
 +チベット
 --ウー地方、強大な勢力をほこるパクモ・ドゥ派のチャンチュプ・ギェンツェンの手中に落ちた。これが中央チベットにおけるサキャ派政権没落の開始【シャカッパ:89】
 +周辺
 +メモ
 
 **1351? [#m50b829d]
 +チベット
 --サキャ派内大臣ワンツン、トゴン・ティムールより勲章授与される【シャカッパ】
 +周辺
 +メモ
 
 **1354 [#ube0773f]
 +チベット
 --チャンチュプ・ギェルツェン、元の司徒となりチベット支配【山口1988:xiv】チャンチュプ・ゲンツェン、元朝より大司徒の称号を得る【シャカッパ】
 +周辺
 +メモ

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